東京高等裁判所 昭和61年(う)1188号 判決
所論は,被告人に対し死刑を言渡した原判決の量刑は重きに過ぎるというのである。
思うに,死刑が人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり,誠にやむをえない場合における窮極の刑罰であることにかんがみると,その適用が慎重に行われなければならないことはいうまでもない。しかしまた,死刑を制度として存置する現行法制の下では,犯行の罪質,動機,態様,ことに本件のような殺人罪にあつては殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺人罪にあつては殺害された被害者の数,被害者又はその遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等諸般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であつて,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には,死刑の選択も許されるところと考えられる。
そして,この観点から,本件につき死刑を選択すべきか否かを決するに当たつて考慮すべき事情は,おおむね原判決の指摘するとおりと認められる。その主なものを簡潔に述べると,以下のとおりである。
1 本件は,3年半もの長期間にわたつて周到な用意,計画を整えたうえ,日本刀を用いて実父のA男,同居の女性であるB女及びその孫娘であるC女と3名までものかけがえのない生命を短時間のうちに次々と奪つたという事案であつて,犯行の罪質,結果及び社会的影響はまことに重大である。
2 犯行の動機は,A男については,弟の自殺の原因を作つたと速断し,かつ同人の存在を社会的に有害であると決めつけこれを抹殺することを決意したというものであり,またB女については,同女が不謹慎な女性で,かつ実父殺害の支障になるというものであり,C女にいたつては,ただ単に,A男の血を引く娘と誤解したことから一緒に死んで貰わなければならないと考えたというものであつて,いずれも甚だ筋違いな動機と断ずるほかなく,しかも殺意を固めた後はその実現に向けひたすら没頭し,冷酷,非情にことを運んでいるのであつて,まさに「殺人のための殺人」の観さえある。
ところで,右の動機の中心をなすのは,A男に対する強烈かつ執拗な憎しみであり,他の2名に対する殺意はこれから派生したものと認められるが,被告人が実父である同人に対しこのような心情を抱くにいたつた理由は必ずしも細部にいたるまで解明され尽くしているわけではない。そのためか,被告人は当審においてこの点に関する原判決の理解に不満を訴えている。しかし,一般に,判決文において犯行の動機等を判示するについては,被告人に対する量刑を案ずるうえで必要な,当該犯行にいたる決定的要因ないし事件の特殊性を構成する主観的要因と認められるものを記載すれば足り,それ以上に被告人の複雑かつ多岐にわたる心理の内奥をあますことなく分析することまで求められているものではないと解される。そして,本件において,原審としては,被告人の犯行の動機を,その取調べた証拠により慎重に検討し,特にその中心をなす被告人の捜査段階及び原審公判における供述については,被告人の性格,自閉的な生活態度,自己の行為を美化ないし合理化する傾向,心因性の健忘等にも十分留意しつつ,原判示のように認定していると認められるのであり,右認定は,前記観点から当裁判所としても相当としてこれを是認し得るところである。
3 犯行の態様は,無防備のA男,女性であるB女,さらにはようやく伝い歩きができるようになつたばかりで全く無抵抗のC女に対しても,日本刀で執拗かつ強力な攻撃を身体の枢要部にくり返し加えたものであつて残虐非道というほかなく,犯行現場は正視に耐えないほどの凄惨な様相を呈している。
4 B女及びC女の遺族らの被害感情には極めて深刻なものがあり,特にC女の母親はシヨツクからひとりで放置しておけない状態にまでいたつている。
5 被告人は,その特異な性格,価値観もあつて,本件につき社会倫理に基づく真しな反省態度を示しているとは認められない。
以上の諸点に照らすと,本件についての被告人の罪責はまことに重大であるというべく,したがつて,A男の被告人に対する冷たい仕打ちやその家庭を顧みない生活態度が本件の遠因となつていること,被告人はいまだ32歳であり,またこれまで前科,前歴はなく,平均的な市民生活を送つてきたものであることその他被告人に有利な一切の事情を斟酌しても,被告人に対し死刑を選択することは,冒頭説示の見地に照らし,まことにやむをえないものというべきである。
したがつて,被告人に対し死刑を言渡した原判決の量刑が,所論のいうように重きに過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。